明石高専

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郷土資料

資料目録第1集刊行にあたって

 本校初代校長の村田治郎先生が、郷土愛をも培う場としての高専を考えられ、そこに至る第1歩として郷土資料の収集を企図・指導され、郷土資料センターの確立を目指して、数年間にわたる校長研究費のほとんどすべてをこれに当てゝこられたばかりでなく、昭和45年度には特に文部省に申請して少なからぬ特別経費の配布を受けられさらに兵庫県内各地の団体や研究家にも呼びかけて資料の寄贈を受けられるなど、一貫して収集資料の充実に努力して来られました。それら数年間にわたる先生ご努力の結果が、この郷土関係資料目録を生みました。先生は、昭和46年3月末をもって校長をご勇退になりましたが、わたしどもは、先生のご意図を大切に受けついで行くつもりでいます。この小冊子を第1集としたのは、その考えの表明でもあります。

 この資料目録第1集が、郷土研究者その他関係老のお役に立つだけでなく、先生の意図されたような、郷土愛を培う材料ともなることを、心から願う次第です。なお、ご協力いたゞいた方々に、心から感謝の意を表するとともに、今後もなお一層のご援助・ご協力をお願いいたしたいと存じます。

昭和46年10月
鷲尾健三(筆者は本校校長,大阪大学名誉教授) 編集担当 寺脇弘光

 明石工業高等専門学校は昭和37年度に発足しましたので、設立後ようやく10年目にたったぱかりです。設立当初はいままで無かった新制度の学校だったので、どのようにすれば内容の充実した工業教育ができるか、という点にばかり熱中していまして、他をかえりみる余裕など全く無かったのでしたが、そのうち学校がだんだん成長したのにつれて、周囲をひろく見わたすゆとりがあるようになりました。すでに明石高専の学生は約90%が兵庫県出身でありますから、兵庫県のためにつくしていると言える学校ではありますけれど、かお、なにか兵庫県のためになるような性質のものを加えておこうと思うようになりまして、考えついたのが「兵庫県郷土資料センター」とでもいうべき施設でありました。
 明石高専では校長の持つ僅かぱかりの経費しかなく、専門家をやとう人件費もないのですから、希望するような施設にするのは容易でないのが最初からわかっていましたが、気ながく代々の校長が継続して下されば、そのうち大成するだろうと、思いきって出発したのが開校以来6~7年目からでした。そして最初の段階としては、集まりやすい郷土史関係の文献を中心にしたのでしたが、図書係長の寺脇弘光さんが非常に熱心に努力してくださったおかげで、予想以上の成績があがり、兵庫県西部における郷土研究の小センターとして、役立つ程度に近くなったかと思うのであります。
 もちろんこの施設は、明石高専の者だけが利用すべきでなく、研究家にはひろく開放したい念願です。私は国立学校だというので余り高踏的であるべきでなく、専門の学問以外の面でも、ひろく地域社会と密着して行きたいと思っていましたので、その一つの方法としてこれを選んだにすぎません。この3月末に私が辞職しましたのを機会に、このような小目録を造りました。それは未知のままだった明石高専の小施設を、皆さまに知っていただきたかったことと、さらに今後のご後援をおねがいしたいからであります。

(筆者は前校長,京都大学名誉教授) 村田 治郎

第1集目次
(昭和46.6現在)
第2集目次
(昭和46.7ー47.8収集)
第3集目次
(昭和47.9ー48.7収集)
第4集目次
(昭和48.8ー49.収集)
第5集目次
(昭和49.4ー50.3収集)
第6集目次
(昭和50.4ー51.3収集)
第7集目次
(昭和51.4ー52.3収集)
第8集目次
(昭和52.4ー53.3収集)
第9集目次
(昭和53.4ー54.3収集)
第10集目次
(昭和54.4ー55.3収集)
第11集目次
(昭和55ー56収集)

郷土資料の利用

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